南アジア地域における大気汚染問題調査

This is a Japanese translation of “South Asian Air Quality Cause Investigation

By Open Philanthropy 2021年6月8日
本投稿は、Open Philanthropyの関連ページです。https://​​www.openphilanthropy.org/​​research/​​south-asian-air-quality/​​

当記事の要約

  • 問題点:南アジアの地域は、世界最悪レベル※(人口で加重平均し算出した値を指す)のPM2.5(微小粒子状物質)汚染に遭遇している。我々は大気汚染が南アジア地域の18億人以上の健康に悪影響を与えるものとし、大気中微小粒子の濃度を抑制することで数百万人の命を救うことができると考えている。

  • 私たちにできること:大気汚染モニタリング能力の強化や、産業部門別の排出削減・大気汚染対策の立案・実施などの介入が実行可能であると考えられ、多くの場合国家の協力が欠かせない。南アジアの大気汚染レベルを軽減することに関心のある慈善家に協力を得ながら、モニタリングプログラムの立ち上げ、研究、技術支援などを実行し、より効果的な政策の立案・策定、そして遂行に働きかけることができる。

  • 大気汚染の問題に取り組む人々:南アジアの大気質に関心を寄せる慈善家は一部だったが、最近は広がりを見せている。しかし、殆どが大気汚染を健康問題ではなく、環境問題として扱っているようだ。慈善家以外では各国政府の支出が最大規模だと思われる。南アジアの各国政府がどれほどの予算規模で大気汚染の問題に対応するかは確信が持てていない。


1. 問題の現状

南アジア地域──特にインド、パキスタン、バングラデシュ、ネパールの一部または全域にあたるヒンドゥスターン平野地域──は現在、世界でも最悪レベル(人口で加重平均した値を指す)の大気汚染に見舞われている。1 大気汚染がこの地域に住む18億人以上の健康に悪影響を及ぼしている認識である。2 ここでは南アジアの大気汚染物質の中でも最も有害性の強いと思われる、PM2.5(直径2.5マイクロメートル以下の粒子状物質)に着目していく。3 Health Effects Institute及びInstitute for Health Metrics and Evaluation(IHME)のGlobal Burden of Disease(GBD)プロジェクトが共同作成した報告書(State of Global Air)によると、大気汚染は南アジアで合計年間DALY(Disability-Adjusted Life Years:障害調整生命年)7,140万年分もの損害を引き起こしているとされる。4 IHMEによると、南アジアでの大気汚染の被害は世界のDALYの3%近くを占めている。言い換えると、南アジア地域単体だけでも危険レベルの大気汚染をなくすことができれば、早々と失われてしまう健康な時間を年間で3%削減できる。5

PM2.5汚染にさらされる危険性は屋外と家庭内(室内)の両方あり、それぞれ汚染度・健康被害・介入策を異にする。屋外、または環境大気汚染は、レンガ工場、自動車、石炭火力発電所、わら焼き(作物残渣の燃焼)などが汚染源に含まれている。6 報告書(State of Global Air)によると、南アジア地域を環境大気汚染の平均は2019年度で78.2 µg/​m3を記録し、WHOのガイドラインの大気質基準値である10 µg/​m3 と中間基準値である35 µg/​m3の濃度を上回っている。7

被害の証拠については検証しきっていないものの、長期的なPM2.5環境汚染への暴露は、慢性的な呼吸器系疾患や循環器疾患等を引き起こし、結果健康寿命短縮を招くなど深刻な健康被害を及ぼしているという見解が幅広くみられた。報告書(State of Global Air)では、2019年の南アジア地域のDALY4,000万年分は、大気中のPM2.5汚染の影響で発生しているとされている。8 DALYの推定値は一定、または増加傾向など南アジアでも地域差が見られるようだ。9 我々はDALYや死亡率・羅患率に関する独自検証していないが、南アジア地域人口で加重平均した汚染レベル値からみて、精査した文献にある慢性疾患の記述には、信憑性があると見ている。10

南アジア地域における、室内(環境大気と区別)の大気汚染濃度はさらに把握が困難だ。我々が調査したデータによると、35 µg/​m3 から2,000 µg/​m3以上と幅が見られる。11 しかし、家庭内における汚染も一般的であることが次第にわかってきた。ある文献によると、南アジア地域の住人60%が調理に固形燃料を使用しており、これが主な汚染源となっているということだ。12 最近ではよりクリーンなエネルギー源へ移行が進み、固形燃料を使用する人の比率は縮小傾向にあるとされている。13

家庭内のPM2.5排出による汚染濃度は、信頼できるデータがないことから、健康被害に対しても確信を持つことが難しい。調べる限り、家庭内の大気汚染による健康被害は、低出生体重児、早産、その他乳児死亡リスクがあるようだ。14 報告書(State of Global Air)の内容を一例にとると、2019年に生後1ヶ月未満の乳児の死亡がおよそ95,000件、また地域内のDALY3,000万年分が家庭内における汚染が原因だと推定されている。15

南アジア地域における国々の中でも、インドの大気汚染は(人口で重み付けした)加重平均値で83.2 µg/​m3 /​年間と、最も高いレベルにある。比較しても、環境大気汚染によるもののDALYは3,110万、家庭室内汚染によるもののDALYは2,090万であり、最も高い。16 南アジア地域の人口は増加しつつ高齢化が進行しているため、このままだと、大気汚染による健康負荷は増大することになる。家庭内の空気汚染はよりクリーンな燃料で調理することで、負荷が軽減され事態は少し前進する。しかし、環境大気汚染は深刻さを増しそれに伴いDALY値も増加している。17 これは人口動態悪化の影響をさらに増大させる。18 南アジアの中でも桁外れの被害状況を考えると、インドにおける大気質改善が、南アジア地域のPM2.5の汚染濃度(人口で加重平均した値)を大幅に、大気汚染によるDALY値を大きく下げられることが示唆される。19

1.1 汚染による健康被害を認めるべき理由

我々は実験に基づかない社会科学的情報の質と信憑性に懸念を抱いている。主要データを計算式に当てはめ、独自に研究結果を確かめようとする。しかし、報告書(State of Global Air)にはデータやコードが開示されておらず、これを入手できなかった。そこで、この巨大なDALY推計を丸呑みしないよう、まず疑いを持つことにした。しかし、基礎的な資料や社会科学の分野の文献を確認するうちに、これらのデータには改善の余地があると見えた。また複数の要因から、この報告書(State of Global Air)の被害推定値を2倍以上の規模で下方調整するべきでないという考えに至った。

具体的には、 大気汚染への暴露により、死を含む甚大な健康被害が生まれていることは、作用メカニズムによって裏付けられている。American Heart Associationや、Lancet Commision on pollution and health、それに我々が聞き取り調査を行った疫学者たちは、粒子状物質を吸い込むことで、炎症や血管の損傷が発生すると述べている。これらは、動脈硬化や高血圧にも関連し、虚血性心疾患や虚血性脳卒中など、命に関わる病気の原因となることが知られている。20 乳幼児についても粒子状物質によって胎児への栄養分が行き届かなくなることで、出生時体重の減少や、栄養不足による死産リスク上昇、生涯にわたる合併症などが懸念されている。21

これらの作用メカニズムについては、さまざまな動物および人を対象にしたランダム化比較試験(RCT)や研究が行われてきた。それらの研究からは、大気汚染は血管炎症やアテローム性動脈硬化、低出生体重児誕生につながることがわかっている。22 しかし、最近の動物実験では死亡結果を対象にしたものが見当たらない。過去の研究では、大気汚染への暴露が死をもたらすことはない示唆しているものさえある。23 我々(Open Philanthropy)科学研究チームによると、以前の動物実験で死亡が認められなかったとしても、生態や寿命など本質的な違いが大きいため、その結果が必ずしも人間の死亡リスクを否定する証拠にはなり得ないとのことだった。しかし、我々の仮説をある程度否定するものとなった。

生物学以外の研究では、経済学者らにより様々な自然実験が行われていることがわかった。粒子状物質による汚染と死亡率を自然実験によりそれぞれ切り離して研究する試みだ。Ebenstein et al., 2017の論文では、南アジアの状況と近い条件での大気汚染の健康への影響について検証しているが、その見出しにある死亡率についての冒頭には疑問が残った。24他にも、準実験的研究の多くが短期間の暴露に焦点を当てており、幼児・成人ともに死亡率増加を有意と認めているようだ。25 これら論文から、我々の確認している実験に基づかない社会科学の文献では、大気汚染以外の要因が考慮されていない可能性が高いと再確認した。

それらの準実験的研究の出版バイアスを追究したメタ分析を、我々はまだ発見できていない。しかし、疫学分野よりファンネル(漏斗)・プロットを含む資料を発見することができた。出版バイアスのない文献からは、表に左右対称の三角形をした点の分布が見られ、検出力の高い分析が中央寄り、低い分析がその左右に等しく分布していく。Pope et al., 2020 (図4参照)では、疫学調査結果を大気汚染と死亡率をコホート調査により因果関係を調べたもので、点の分布はやや左右対称に近い漏斗の形状に表れた。26これを受け、我々の一時的な見解はこれらの結果を基に出版バイアスを調整していくと、疫学の分野で広く認識されている死亡率よりも、やや低い値が出てくるのではないかと推察している。27


2. 介入策の選択肢

2.1 政府による行動

現在選択肢として挙げられている大気質改善策の多くは国との協調が欠かせない。以下に大幅な汚染軽減が期待でき、また行政面からも実行できる可能性が高いと考えられる政策を抜粋した。28

2.1.1. レンガ工場の改修および効率的工場の建設

世界レンガ生産の20%は南アジア地域で行われている。この産業によるPM2.5排出量は国によって異なるが、都市部に集中しているようである。29 世界銀行の報告によると、バングラデシュとネパールでは、レンガ生産がPM2.5の二番目に大きな排出源で、それぞれ排出総量の11%と3%を占めると推定される。30 一方、インドではレンガ産業に占めるPM2.5の寄与割合は比較的低いとされているが、このデータについては疑問が残った。Health Effects Instituteによると、インドのPM2.5汚染の約2%がレンガ生産に起因し、またPM2.5関連死のうち、2〜3%がレンガ製造業によるものという。31 これは我々が見つけた中でも最も低い推定値であった。世界銀行の報告書は我々が集めた情報の中でも最も高い推定値を示しており、インドのPM2.5排出量の8%がレンガ産業に起因するとしている。32 同時に世界銀行は既存のレンガ工場を改修することで、エネルギー効率が向上するだけでなく、30〜50%のPM2.5を削減できると試算している。33

レンガ産業の排出規模については、確信は持てないものの、より効率の良いレンガ工場へと改修及び新設を行うための政府主体の取り組み(法規制や補助金の交付等)は、行政的にも実現可能であり、レンガ産業からのPM2.5汚染を有意義に削減できる可能性が高いと考える。(絶対的確信はない。)34

2.1.2 経年廃車規制法施行

インドの行政機関は、古い車の使用を制限することを少なくとも2015年には検討し始めていた。35 既に一定の使用年数を超えた車の使用が禁止されている地域もあるが、それがどの程度実行・徹底されているかは不明である。36 このように、一貫性がないとはいえ、廃車規制に対する政府の関心は高く、また車齢10年以上の台数が少ない(つまり禁止することによる政治的・経済的コストが低い)ことから、政府の取り組みが今後期待できる分野だといえる。37

南アジアにおける人口に対するPM2.5汚染(人口で加重平均した値)のうち、自動車の寄与割合がどれほどを占めるかは不明だが、かなり大きいと思われている。インド環境・森林・気候変動省の報告書によると、ニューデリー市の冬季のPM2.5排出量(人口で比重平均した値)のうち、自動車によるものはニューデリーの人口に対して約28%、また、インド全土に対しては4%(全交通手段考慮後)であると推定される。38 印The Energy and Resources Instituteは、バンガロール市におけるPM2.5負荷の50%は自動車からの排出によるものとしている。39 マンガルール市の発生源推定調査では、粒子状汚染物質の70%が自動車によるものだと分かった。40 特に古い自動車が排出ガスの重大な原因となっているようだ。ある試算では車齢15年超の車が自動車汚染の全体の15%を占め、現代的な車の10倍から25倍の汚染を引き起こしていることが示された。41 これらの数値に基づき旧型車の使用を禁止することで、PM2.5汚染総量を削減できる可能性があると考えている。しかし、合理的に期待できる削減総量がどれほどか、また法律による禁止が現実的にどの程度拘束力を持つか(また有益か)はわかっていない。

2.1.3 スクラバー(集塵機)設置義務化と施行

確認したほとんどのデータでは、インドの PM2.5 排出量の約 15%が石炭火力発電によるものだと確認できた。42 インドのエネルギー構成における突出した石炭のCO2 排出量割合から考慮すると、石炭火力発電が PM2.5 の大きな発生源であると考えるのは妥当だと思われる。43

ある報告書では、発電所に湿式スクラバーを設置するとPM2.5 排出を 98%削減し、最新の濾布フィルターを取り付ければ 99.7%削減できる、と記述があった。44 (この値の独自検証は行っていない。)この情報が正確であれば、スクラバーがインドの大気環境を大幅に改善できることを示している。45

インド政府はすでに湿式石炭スクラバーの設置を義務付けているが、その遵守状況は限定的なようだ。46 石炭火力発電からのPM2.5の排出量が極めて大きく、政府が対策に以前から関心を寄せていたことを考えると、スクラバー設置のための追加努力は、有望な介入策となるかもしれない。

次項では、スクラバー設置のための支援活動が生み出す費用対効果の私たちの概算結果を紹介している。

2.1.4 トラクター補助金対象者の特定によるわら焼きの削減

インドではわら焼き(又は作物残渣の燃焼)はそれほど大きな汚染源ではないという認識でいるが、ある記事によると、ニューデリーの年間PM2.5汚染源の平均5%を占め、ある時期には40%までに達するとのことだ。47 インドの農家の大半はわら焼きを行っているようで、トラクターを使って畑を耕す農家はわずか20%程度と言われている。48 トラクター補助金対象を再検討することで、トラクターを使用する農家の割合を増やし、刈り株を燃やす農家の割合を減らすことができれば、ニューデリーの大気質を幾分か改善できそうだ。49 しかし、トラクターの補助金が、南アジア広域における大気質にどれほどの効果をもたらすかはわからない。

2.1.5 LPガス補助金の対象者の絞り込み

調査の結果、現在でも約60%の世帯で使用されている固形調理用燃料は、南アジア地域においてPM2.5汚染による健康負荷の約40%を占めることがわかった。50 固形燃料の使用量を大幅に削減することで、健康負荷を大きく軽減できると暫定的にみている。調理用燃料(木材、作物残余、木炭など)に代わる主要燃料は、液化石油ガス(LPG)となる。

インド政府は既にLPガス補助金を給付しており、現在各家庭に年間12本のLPガスボンベが支給されている。51 しかし、補助金は市場価格の引き下げ効果に乏しく、LPガスの価格は多くの貧困世帯にとってこれを利用できないままとなっている。52 貧困層への補助金を増やす手段として、政府は富裕層へ補助金を使わずLPガスを自主的に購入するよう促したが、失敗に終わった。53 より貧しい世帯を対象とした補助金を増額しつつ、その規模を拡大することで調理用固形燃料を使用する世帯数を減らせると考えられる。

2.2 慈善活動を通じてできることとは。

我々はインドおよび南アジア全域に関して、PM2.5の総量およびPM2.5(人口で加重平均した値)の発生源割合について、その正確性に関する疑念を解消できていない。この情報不足に対処することは大気汚染削減戦略の目標設定において重大である。そのため、慈善事業者による活動は(1)地域の意志決定者やその他関係者のための情報環境の改善、(2)大気質問題における主要政府機関の技術的対応力の引き上げ、の2点に注力すると良いと思われる。これらに関心のある慈善活動団体は、これから述べるさまざまな活動に取り組むこともできるだろう。

2.2.1 発生源別寄与割合の推定

前述の通り、汚染源別寄与割合の情報不足が可能な実行可能な介入策の評価を困難にしている。ここで紹介する発生源別寄与割合調査とは、交通、発電、その他の産業などの発生源が、ある都市や地域におけるPM2.5の総濃度に対して、それぞれどの程度寄与しているかを推計する科学的調査である。54

調査方法の例としては、技術的支援を必要とする都市と協力することも可能である。55 地域に密着した研究を通じて、各都市の大気汚染源の調査結果を政府に提供することで、政府(および慈善事業団体)の大気汚染削減戦略をより良いものへとできるかもしれない。

慈善家が発生源別寄与割合調査を支援した場合の費用対効果については、我々の概算を次項(2.3.2)にて紹介している。

2.2.2 大気質のモニタリング

慈善家は、低コストのセンサー、または高度な観測拠点設置に出資するかもしれない。我々が支援を行った安価なセンサーは、各地方に設置でき、常時で大気質を知らせるマップにデータを提供し、汚染度の変化を知らせる。汚染濃度分布図の提供は、地域の汚染レベルに対する人々の意識向上に役立ち、それにより行動の変化が期待され、また政府やその他団体が汚染防止政策の効果測定する場面において有効だと考える。しかし、低価格センサーの精度には限界があり、個々のセンサーでは微妙な濃度変化を検出できない可能性があることから、汚染測定に支障をきたすことも想定できる。56

高性能な観測局を設置するには莫大な費用がかかってしまうが精度は大きく向上する。これらをインドの大気分水界に設置することが可能だと考えている。太陽光計測器と組み合わせて大気層を測定することで、より正確で定期的な衛星観測データを収集することに繋がり、大気中の汚染物質と汚染濃度の詳細について把握できる可能性がある。57 これらの測定により政府は正確な汚染源を把握し、汚染物質軽減政策の実効を追跡することができる。一般大気質データにも貢献できるだろう。

大気質の監視システム導入には、短期間では莫大な費用がかかるが、導入後の継続的コストは低いとみている。また、インドの大気監視システムには、比較的潤沢な資金があるらしく、南アジアの他の地域の監視システムを支援すれば、効果を最大限引き上げることが期待できる。(これら情報の独自検証は行っていない。)

2.2.3インドにおける削減曲線、および大気汚染による健康影響の研究

インドの削減曲線(各方策によるPM2.5削減量並びにコストを表したグラフ)の研究や大気汚染による健康への影響に関する研究は、さまざまな利点があると認識している。一目瞭然である削減曲線データは、この問題に関心を寄せる慈善家や政策立案者にとって、良い判断材料となるかもしれない。健康影響の研究では異なる種類の汚染物質と比較する中で、PM2.5による健康影響を見出だせるだろう。

このような研究は、政府や問題に関わる一般市民の意識向上に役立ち、汚染削減策の選択と集中に繋がる。研究を通じ、より低コスト且つ有効的な政策が導き出された場合において特に効果が高い。また、国の機関を起点に研究を推し進めることで、汚染問題に取り組む地方自治体や非政府組織にも専門知識を提供できるため、より高い効果が見込まれる聞いている。

2.2.4 技術支援

政府機関に技術支援を行うことで、大気汚染軽減対策の施行・監視能力を高め、政策の効果向上が期待できる。技術支援に関心のある資金提供者は、様々な理由で大気質の規制強化に苦慮するインドの公害防止委員会に対して外部コンサルタントを介した支援を実行することもできるだろう。58 公害防止委員会の現在の予算配分は、大気汚染、水質汚染、騒音、廃棄物処理に分類され、年間の支出額には報告情報の不一致が見られるが、1億ドルから3億ドルといったところのようだ。59

2.2.5 政策の普及活動

前項で取り上げた介入策は、主に政府管轄下のものだった。他にも慈善家が関与できる活動として、意志決定者への情報や資金を提供し、効果的な大気汚染削減政策を追求することが可能だ。資金提供先としては、発生源推定調査および汚染濃度の研究、汚染状況マップ、地元メディアの報道活動などが考えられる。大気質の重大さを訴える別手法としては、大気汚染による健康への影響について認知度向上に努めるClean Air Fundが運営する”Doctors for Clean Air”や大学の大気質研究プログラムへの支援が考えられる。

2.3 各対策の費用対効果

仮に南アジアで年間7,140万DALY年分の大気汚染による損失が出ているとして、我々が年間2,000万ドルの支援を決めた場合、我々が目標とする1,000x bar(1,000倍の効果水準)を達成するには、10年間で問題の約0.06%を解決しなければならない。60 0.06%という小さな数字と論理的に向き合うことは難しいが、当領域で活動する他の慈善家が比較的少ないことを前提とすると、0.06%を目標とすることは理にかなっていると考えている。

現時点で、この高い費用対効果の水準を満たす具体的予算計画がある訳ではない。しかし、有望に思われる複数の事業を概算したところ、1,000x bar(1,000倍の効果)を突破できるのではないかと思われた。以下に紹介する。

2.3.1 大気質のモニタリング

我々はすでにインドに低コストの大気質センサー網を構築するための資金、総額300万ドルの提供を勧めている。現在の我々の概算結果は、南アジアの大気環境プログラム担当者の採用に関連しているため、取り下げさせてもらった。

2.3.2 発生源別寄与割合調査

概算の結果、発生源別寄与割合調査を通じて、我々の掲げる1,000 倍の効果水準(1,000x bar)を達成するには、500 万人規模の都市で0.8µg/​m3の汚染物質削減を10年前倒して達成する必要があることがわかった。61 なお概算は以下を前提としている。

  • 発生源別寄与割合調査の費用は人口に比例して増加する。500万人の都市では約50万ドルとなる見積もりだ。

  • 発生源別寄与割合調査は、単純に大気汚染を測定するものであるが、大気汚染レベルの改善を手助けする。

  • 都市部でのPM2.5濃度はインド全体のものに比例する。インドの大気汚染の年間平均加重濃度は83.2 µg/​m3である。インドのDALY約3,114万年は環境大気汚染に起因し、DALY1年分は5万ドルに値するとされる。62

  • インドの人口は13億6,600万人である。63

2.3.3 集塵機(スクラバー)

報告書(Disease Control Priorities Network)によると、すべての火力発電所にスクラバーを設置すると、約17億ドルの費用が発生する。64 同報告書では、救命効果に対する費用が最も低い発電所の改修には6億1,500万ドルかかる見積りだが、確認した他の資料では更に高く見積もられていた。65 改修工事の費用が6億1,500万ドルであり、また以下にあげる5つの条件が事実であった場合、スクラバー設置への投資は我々の目標値1,000x barを突破できる可能性が出てきた。

  • 前述の通り、インドでは、石炭火力発電がPM2.5 排出量の約 15%を占める。

  • スクラバー設置により、PM2.5排出量を少なくとも 80%削減できる。66

  • 工事の対象に選んだ石炭火力発電所は、部門における健康被害(DALYの75%)に関わっている。67

  • インドにおける大気汚染による健康への被害は、年間で約 2.68 兆ドル規模に値する。68

  • 政府はすでにスクラバー設置を義務化しているため、我々の資金提供により作業を迅速化(5年分)できる。

これらの条件下では、ROI(投資利益率)は、2兆6800億円と見積もられる。(環境大気汚染の総費用) × 0.15 (PM2.5総排出に占める電力部門比) × 0.75 (改修対象に選んだ発電所によるDALY比) × 0.8 (スクラバーによる PM2.5 の削減率) × 5 (スクラバー設置の迅速化に伴う年数) /​ $6億1,500万(スクラバーの費用) = ~1,960x 以上の仮定が正しいかどうかは定かではないが、他の文献ではさらに高い金額が見積もられている。

2.4 活動プログラムの予算規模は?

我々の理解では、その他取り組みと同様、我らが求める効果水準で実行すれば、現在実行可能な大気汚染対策の支援には少なくとも年間で2,500万ドルかかる可能性が高いとみている(大気質モニタリング、汚染削減策の研究、発生源別寄与割合調査、技術支援、大気質問題に取り組む既存組織の拡大、政策提言を含む)。だが、高い費用対効果の見込めると判断した範囲内で活動を展開した場合、年間2,500万ドルかかる可能性は低くなるとみている。


3. その他の活動団体

3.1 慈善団体

南アジアの大気質問題に対する慈善団体の関心は限定的ではあるが、急速に高まっているようだ。度々引用してきたClean Air Fundの試算ではこの分野における慈善団体の支出が2015年に100万ドルだったが、2019年にはおよそ700万ドルになるとされている。69 これら支出についてはまだ精査していないが、報告書が各財団の申告データに基づき作成されていることをふまえると、おそらくデータを共有していない財団も含まれるため構造的にも低い見積もりとなっている可能性もあるが、話に聞く金額と概ね一致している。

南アジアの大気環境の改善に取り組む国際的慈善事業団体として最も名が上がったのは、Bloomberg Philanthropies(ブルームバーグ・フィランソロピー)、CIFF(ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド)、ClimateWorks Foundation、IKEA Foundation、MacArthur Foundation(マッカーサー基金)、Oak Foundation、Pisces Foundation、William and Flora Hewlett Foundation(ヒューレット財団)だった。また専門家や資金提供者との対話で、Ashish Dhawanなどインド人の資金提供者の名もあがった。勿論これらがすべてではなく、この分野で活動を展開している大規模慈善団体を記述しただけで、非営利団体や活動家による小規模の活動は含められていない。

上記した多くの慈善活動家は、大気汚染を健康問題という位置づけでなく気候変動問題の一環として取り組んでいるようだ。このような動きはインドの排出量削減の幅広い取り組みを部分的に支えている。慈善活動による貢献支出額は年間1億ドルから3億5000万ドル程であると考えている。70

大気質を気候問題として扱うか、それとも健康問題として扱うかで、資金調達の戦略にどの程度の差が生まれるかは不明である。但し、温室効果ガス削減対策の多くはPM2.5排出量も削減する傾向にあり(例:石炭火力発電の依存割合を制限する等)、気候変動問題と大気質問題への対策費用が実質重複しているケースも多いはずだ。反対に目的がまったく交わらないこともある。(例:石炭火力発電所の排煙脱硫装置は大気質を改善し人々の健康にプラスであるが、知る限りでは気候への影響を軽減することはない)まとめると、気候変動問題への資金提供者が多くとも、健康面からの取り組みの必要性が薄れることはない。71

3.2 インド政府

インド政府の大気質対策係費は、信頼できそうな数字を見つけることが困難だった。入手した一情報によると、2019年〜2020年の予算では、インド政府は大都市の大気汚染対策に440億ルピー(換算時で約6億900万ドル)の財政投融資を実施したとされる。72さらに印・Council on Energy, Environment and Water(CEEW)および、印・UrbanEmissionsが発表した2020年の報告書では、National Clean Air Plan(2024年までに粒子状物質の濃度を20~30%削減する行動計画の作成をインド各都市に指示するもの)へ、46億ルピー(換算時レートでおよそ6,300万ドル)が充てられた、とある。しかし、同報告書は目標未達に対する罰則や「計画の見直しや変更の法的義務」がないことも指摘している。73 実際、実施費用を計上したのは9都市で、その額は8億9,000万ルピーから1,600億ルピー(変換時でそれぞれ約1,190万ドルから20億ドル)に及んだ。74 これらが正確な数字かどうかは未だ全く確信を持てず、我々が知らない政策基金がある可能性も認識している。全体的に見て、インド政府がこの課題の最大財源負担主だと思われるが、それでも現在の支出実績は本来大気質を適切に削減するために必要な金額より極めて低い水準にあると思われる。


4. これまでの成果・進捗

大気モニタリングは即時に資金調達でき、実行しやすい選択肢として際立っていた。そこで、カリフォルニア大学バークレー校のJoshua Apte 教授、インド工科大学ニューデリー校(IIT Delhi)エネルギー・環境・水協議会(CEEW)が3年間共同で、南アジアに低コストの大気質センサー網を設置するための補助金、総額300万ドルを薦めた。

この共同プロジェクトは、センサーから得られるデータをより効果的な大気汚染防止政策の設計・実行に役立てるものである。同時に、アジア全域で低コストセンサーの試験・配備を実行するための早期学習の機会でもある。現時点では専門家からの詳細な説明を受けていないが、本プロジェクトの成功が他のセンサー配備の加速化へと導くと考えている。これらの点において、南アジアの大気汚染レベルを大幅に低減する効果が期待できる。

これら支援事業の費用対効果に関する我々の概算は上記の通り。


5. 潜在的リスク及びマイナス面

南アジア地域における大気質改善の援助に伴う潜在的リスクやマイナス面を以下に挙げる。

  • 長期的活動の機会は限定的であるという点。大気質モニタリングや技術支援など、即座の出資が有効だと思われる汚染軽減策を紹介してきた。しかし、大規模かつ継続的な活動を特定することが困難であった。よって慈善活動家が南アジアの大気質を長期的に支援する問題として選択をした場合、対象となる活動を定期的に見つけ出す必要がありそうだ。75

  • 取り組みの選択肢は政府の方針に大きく左右されるという点。南アジアの大気質改善への慈善活動の多くは、政府へ情報を提供するものの大気質に直接的影響を与えるものではない。(例:大気質モニタリング事業へ資金を投じ、効果的軽減策を生み出すための情報提供を意志決定者に対して実行すること)このような間接的努力から、どのような結果を期待できるかは不透明である。

  • 援助には注意すべき国特有のリスクや制約があるという点。インド政府は海外からの出資を規制してきた背景があり、最近でもインドNGO団体へ海外の基金に関して新たな規制を設けた。76 当記事で取り上げた慈善活動の例は現在適法であるという認識だが、新たな規制により状況が変わる可能性はある。

  • 場合によっては慈善活動が過度な政策につながってしまう恐れがあるという点。その結果、汚職や経済停滞を招く恐れがある。今回の記事では死亡率以外の大気汚染による被害は研究対象外とした。我々の取り上げてきた汚染軽減策の中には、経済面で現実的でないもの、もしくは実施に伴う代償に見合わないと判断されるものが含まれている可能性がある。

  • 慈善団体の南アジアの大気質問題に関する関心の高まり。追加の支援を実行することは、他の潜在的協力者を退けてしまうことになるかもしれない。


6. 調査経過と今後について

南アジアの大気汚染問題について調査を進める中、多くの専門家や主要基金団体に協力いただいた。同意の下、情報提供者として以下に紹介する。当掲載内容の一部又は全部を以下の者が支持表明するものではない。

  • Aaron Van Donkelaar

  • Ambuj Sagar

  • Amita Ramachandran

  • Arden Pope

  • Avijit Michael

  • Brikesh Singh

  • Dan Kass

  • Ishwar Gawande

  • Jarnail Singh

  • Josh Apte

  • Kanchi Gupta

  • Matt Whitney

  • Melanie Hammer

  • Michael Greenstone

  • Pallavi Pant

  • Randall Martin

  • Reecha Upadhyay

  • Rohini Pande

  • Sam Ori

  • Sangita Vyas

  • Santosh Harish

  • Siddarthan Balasubramania

  • Vinuta Gopal

我々は支援の機会を模索し続け、さらなる資金供給を検討していきたいと思っている。


7. 参考資料

Air Quality Life Index, “India Fact Sheet”Source
Anderson et al. (2005)Source
Apte et al. (2018)Source
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