This is a Japanese translation of “Marginal Impact”
時間や資金を投資することによる限界インパクトとは、特定の投資が生みだした追加のインパクトのことである。〈決断を下すとき、これまでの努力の影響を算定するより、自分が今から行うその選択が実際に生みだすインパクトだけを考慮に入れなければならない〉ことを強調するために、通常、限界インパクトというこの用語が使われる。例えば、インパクトの大きい巨大なムーブメントに参加することそれ自体は、小さなムーブメントに参加することよりも、当のムーブメント内部であなた自身のインパクトが大きくない場合には、常によいとは限らない。
人びとは大きく重要なムーブメントに加わることを好む。世界を変えた何かの一部であることほどワクワクすることはないだろう。しかし〈最大限のよいこと〉をするにはどうしたらいいのかと考えているなら、あるプロジェクト全体がどれほどインパクトをもつのかだけを手がかりとすることには、根本的な誤りがあるかもしれない。
あなたが注いだ努力(投資しているのが時間であれ、お金であれ、それ以外のものであれ)の限界インパクトは、その努力が達成する、追加のインパクトの増分である。これは経済学における限界利益[1]という考え方から来ている。例えばあなたがトースターの製造業者で、販売台数を一台増やそうかどうかと考えているとしたら、あなたが考えなければならないのは、トースター事業全体が利益を生むかどうかではない。むしろこの次のトースターがどれほどの利益を生むのかを考えるべきだ。トースターの販売は全体としては利益の出る事業かもしれないが、市場はあなたがこれまでに販売してきた製品で溢れかえっていて、さらにもう一台を売ることはできないかもしれない。この場合、もう一台を製造するとしても、トースターの販売から得られるリターンの全体は大きいままかもしれないが、限界リターン(収入マイナスこの追加単位に係る出費)は負の値になるだろう――したがって、そもそも追加の一台を製造することが良い考えではない。あなたはお金を失っているのだから。
お金を稼ぐだけではない他の種類のインパクト――他者を助けることを含む――を達成しようとする場合にも、似たような論理が当てはまる。時間やお金、コネ、機会を何かに費すかどうかを決めるときにはいつでも、その追加の努力がどれほどのインパクトをもつのかを考えるべきだ。さもないと、埋没費用の誤謬(サンクコストの誤謬)と同型の誤りを犯すリスクに晒される。つまり、これまで有意義なお金の使い方をしていたのに、それ以降は無駄な出費になる。
しかしこの微妙な違いが日常生活で重要になることが本当にあるのだろうか。例えば慈善団体に寄付したいとして、その目下のインパクトは、将来の寄付のインパクトの大きさをよく表しているのではないだろうか。しかし、必ずしもそうとは限らない。
毎年何百万人の人びとがウィキペディアに寄付することを選んでいる。そうしたい気持ちは十分わかる。ウィキペディアは教材を利用できるようにし、実用的なアドバイスを与え、デマと闘うことで、毎月十億人以上の人びとの役に立っている。同時にウィキペディアの技術的なインフラを十分に生かしておくためにかかる費用は、年に3,600万ドルほどである。つまりウィキペディアは一人当たり月に1セントもかからずにこの価値を提供していることになる。寄付のインパクトを重視したかったら、これ以上にいい寄付先があるだろうか。ところが、ウィキペディアが稼働し続けるためには年に約3,600万ドルが必要なのに対して、近年のウィキペディアへの寄付額は年1億ドルを優に超えている。さらに重要なことに、追加の収入のほとんどは費用が高く、かつ成果の不透明な努力に費やされていると、ウィキペディアの前理事長が伝えている。その結果としてウィキメディアへの追加の寄付が現在ウィキペディアに提供されている内容の改善につながるのかどうかは、明らかでない。これが、インパクト全体(あるいは全体的な費用対効果でさえ)が、追加の寄付がもつ限界インパクトの正確な指標にはなれない実例だ。ウィキペディアが受け取る最初の数百万ドルは信じ難いほど価値があり重要だが、事はそれで既に済んでいる。しかしあなたが影響を与えられるのは、1億ドル目か、それ以降の限界インパクトである。
この種の効果はウィキペディアに固有のものではない。ほとんどの団体が収穫逓減(あるいはより正確には —限界リターン逓減)に従う。収穫逓減とは、支払われた最初の—ドルは、追加の投資よりもずっと価値があるというものだ。しかし限界リターンは、例えばある団体が大規模な固定費や規模の経済をもつ場合には、平均リターンよりも高いものでありうる。ポイントはただ単に、我々の次の行為を選ぶためには、当該団体のインパクトの総計や平均の—その値が高かろうが低かろうが、その—代わりに、我々の限界インパクトを見る必要があるということだ。
この考察は、キャリアを選択する際にも、どこに寄付するのかを決めるときと同じくらい重要である。組織に新しい従業員を雇用する場合の限界インパクトは、その会社の従業員の平均的なインパクトとは完全に異なるかもしれない。ある組織におけるあなたの限界インパクトは特定の文脈に大きく依存するが、限界インパクトの考え方があなたのキャリア選択に影響を及ぼす仕方には一般的な傾向がある。
一見したところ、より成功した、インパクトの大きな組織であるほど良いに決まっていると思われるかもしれないが、巨大な組織で働くことで得られる追加の見込みは、組織全体に与えられる影響がより少なくなるために少なくなり、そのためあなたの限界インパクトがどれほどのものになるのかは明らかでなくなる。
それでも、非常に成功しており、インパクトの大きな組織に加わることは、たいていの場合いい考えだと我々には思えるが、それは個々人のインパクトに対して、優れた機会を提供することがしばしばあるからだ(し、大きなキャリア資本になる)。そしてなにより、もし企業が個々人のインパクトに優れた機会を適用しないとしたら、あなたの決意がその組織全体のインパクトに左右されるべきでもない。
今述べた点によって、その仕事が自分に合っていること、そして他の人が見逃しているかもしれないが自分には見えているユニークなチャンスを掴むことが重要になってくる。誰にでもわかる明白な機会が、全体としてより大きなインパクトをもつのは普通だが、あなただけが乗ずることのできる機会はしばしば、大きな限界インパクトを与えてくれる。
結論として、限界インパクトは私たちが自分の時間と資金、あるいはキャリアをどこに投資したいのかを見つける際に、簡単なヒューリスティック[2]がもつ落とし穴を避けるのに役立つ重要な概念である。自分の行為の限界インパクトについて考えることは、過去の投資は見返りの多いものだったが、もはや追加の投資がそれほど有用ではなくなってしまったものから身を遠ざけておくことにも、また、過去のインパクトの全体を比較していたら見逃していたかもしれない、極めて見込みの多い機会を逃さないためにも役立ちうる。
原語は「marginal return」だが後に続く内容に従うと、限界利益(marginal profit)の方が適切に思われるため、これ以降も「marginal return」は限界利益と訳す。
「『心理的近道(mental shortcut)』とも呼ばれることの多い発見術・ヒューリスティックスは、特に私たちが〔限られた情報に基づいて限られた時間内に〕決断を下さなければならないような場合に、問題を解決しやすくするための方法です。」(「スコープ無反応性 – 助けを必要とするものの数を正しく把握できないこと」)
限界インパクト
This is a Japanese translation of “Marginal Impact”
要約
時間や資金を投資することによる限界インパクトとは、特定の投資が生みだした追加のインパクトのことである。〈決断を下すとき、これまでの努力の影響を算定するより、自分が今から行うその選択が実際に生みだすインパクトだけを考慮に入れなければならない〉ことを強調するために、通常、限界インパクトというこの用語が使われる。例えば、インパクトの大きい巨大なムーブメントに参加することそれ自体は、小さなムーブメントに参加することよりも、当のムーブメント内部であなた自身のインパクトが大きくない場合には、常によいとは限らない。
概観
人びとは大きく重要なムーブメントに加わることを好む。世界を変えた何かの一部であることほどワクワクすることはないだろう。しかし〈最大限のよいこと〉をするにはどうしたらいいのかと考えているなら、あるプロジェクト全体がどれほどインパクトをもつのかだけを手がかりとすることには、根本的な誤りがあるかもしれない。
あなたが注いだ努力(投資しているのが時間であれ、お金であれ、それ以外のものであれ)の限界インパクトは、その努力が達成する、追加のインパクトの増分である。これは経済学における限界利益[1]という考え方から来ている。例えばあなたがトースターの製造業者で、販売台数を一台増やそうかどうかと考えているとしたら、あなたが考えなければならないのは、トースター事業全体が利益を生むかどうかではない。むしろこの次のトースターがどれほどの利益を生むのかを考えるべきだ。トースターの販売は全体としては利益の出る事業かもしれないが、市場はあなたがこれまでに販売してきた製品で溢れかえっていて、さらにもう一台を売ることはできないかもしれない。この場合、もう一台を製造するとしても、トースターの販売から得られるリターンの全体は大きいままかもしれないが、限界リターン(収入マイナスこの追加単位に係る出費)は負の値になるだろう――したがって、そもそも追加の一台を製造することが良い考えではない。あなたはお金を失っているのだから。
お金を稼ぐだけではない他の種類のインパクト――他者を助けることを含む――を達成しようとする場合にも、似たような論理が当てはまる。時間やお金、コネ、機会を何かに費すかどうかを決めるときにはいつでも、その追加の努力がどれほどのインパクトをもつのかを考えるべきだ。さもないと、埋没費用の誤謬(サンクコストの誤謬)と同型の誤りを犯すリスクに晒される。つまり、これまで有意義なお金の使い方をしていたのに、それ以降は無駄な出費になる。
しかしこの微妙な違いが日常生活で重要になることが本当にあるのだろうか。例えば慈善団体に寄付したいとして、その目下のインパクトは、将来の寄付のインパクトの大きさをよく表しているのではないだろうか。しかし、必ずしもそうとは限らない。
毎年何百万人の人びとがウィキペディアに寄付することを選んでいる。そうしたい気持ちは十分わかる。ウィキペディアは教材を利用できるようにし、実用的なアドバイスを与え、デマと闘うことで、毎月十億人以上の人びとの役に立っている。同時にウィキペディアの技術的なインフラを十分に生かしておくためにかかる費用は、年に3,600万ドルほどである。つまりウィキペディアは一人当たり月に1セントもかからずにこの価値を提供していることになる。寄付のインパクトを重視したかったら、これ以上にいい寄付先があるだろうか。ところが、ウィキペディアが稼働し続けるためには年に約3,600万ドルが必要なのに対して、近年のウィキペディアへの寄付額は年1億ドルを優に超えている。さらに重要なことに、追加の収入のほとんどは費用が高く、かつ成果の不透明な努力に費やされていると、ウィキペディアの前理事長が伝えている。その結果としてウィキメディアへの追加の寄付が現在ウィキペディアに提供されている内容の改善につながるのかどうかは、明らかでない。これが、インパクト全体(あるいは全体的な費用対効果でさえ)が、追加の寄付がもつ限界インパクトの正確な指標にはなれない実例だ。ウィキペディアが受け取る最初の数百万ドルは信じ難いほど価値があり重要だが、事はそれで既に済んでいる。しかしあなたが影響を与えられるのは、1億ドル目か、それ以降の限界インパクトである。
この種の効果はウィキペディアに固有のものではない。ほとんどの団体が収穫逓減(あるいはより正確には —限界リターン逓減)に従う。収穫逓減とは、支払われた最初の—ドルは、追加の投資よりもずっと価値があるというものだ。しかし限界リターンは、例えばある団体が大規模な固定費や規模の経済をもつ場合には、平均リターンよりも高いものでありうる。ポイントはただ単に、我々の次の行為を選ぶためには、当該団体のインパクトの総計や平均の—その値が高かろうが低かろうが、その—代わりに、我々の限界インパクトを見る必要があるということだ。
この考察は、キャリアを選択する際にも、どこに寄付するのかを決めるときと同じくらい重要である。組織に新しい従業員を雇用する場合の限界インパクトは、その会社の従業員の平均的なインパクトとは完全に異なるかもしれない。ある組織におけるあなたの限界インパクトは特定の文脈に大きく依存するが、限界インパクトの考え方があなたのキャリア選択に影響を及ぼす仕方には一般的な傾向がある。
一見したところ、より成功した、インパクトの大きな組織であるほど良いに決まっていると思われるかもしれないが、巨大な組織で働くことで得られる追加の見込みは、組織全体に与えられる影響がより少なくなるために少なくなり、そのためあなたの限界インパクトがどれほどのものになるのかは明らかでなくなる。
それでも、非常に成功しており、インパクトの大きな組織に加わることは、たいていの場合いい考えだと我々には思えるが、それは個々人のインパクトに対して、優れた機会を提供することがしばしばあるからだ(し、大きなキャリア資本になる)。そしてなにより、もし企業が個々人のインパクトに優れた機会を適用しないとしたら、あなたの決意がその組織全体のインパクトに左右されるべきでもない。
今述べた点によって、その仕事が自分に合っていること、そして他の人が見逃しているかもしれないが自分には見えているユニークなチャンスを掴むことが重要になってくる。誰にでもわかる明白な機会が、全体としてより大きなインパクトをもつのは普通だが、あなただけが乗ずることのできる機会はしばしば、大きな限界インパクトを与えてくれる。
結論として、限界インパクトは私たちが自分の時間と資金、あるいはキャリアをどこに投資したいのかを見つける際に、簡単なヒューリスティック[2]がもつ落とし穴を避けるのに役立つ重要な概念である。自分の行為の限界インパクトについて考えることは、過去の投資は見返りの多いものだったが、もはや追加の投資がそれほど有用ではなくなってしまったものから身を遠ざけておくことにも、また、過去のインパクトの全体を比較していたら見逃していたかもしれない、極めて見込みの多い機会を逃さないためにも役立ちうる。
原語は「marginal return」だが後に続く内容に従うと、限界利益(marginal profit)の方が適切に思われるため、これ以降も「marginal return」は限界利益と訳す。
「『心理的近道(mental shortcut)』とも呼ばれることの多い発見術・ヒューリスティックスは、特に私たちが〔限られた情報に基づいて限られた時間内に〕決断を下さなければならないような場合に、問題を解決しやすくするための方法です。」(「スコープ無反応性 – 助けを必要とするものの数を正しく把握できないこと」)